私たちは、「心霊世界の法則」と「人間世界の法則」の上で生きていかなければなりません。
数年前、多くの宗教団体が生まれ、ニュースでもよく出てきました。いわゆる新興宗教です。
当時、私は岐阜に住んでいました。
その岐阜にも、そういった宗教団体の建物が建ちました。
全ての団体とは言いませんが、何百億かかったのだろうかと思うほど立派な建物を建てるところさえありました。
そこでは神を祭ったりしているわけですが、あなたは疑問に思いませんか?
神は満足しているのでしょうか。
神は立派な建物が欲しかったのでしょうか。
入会すれば献金しなさいと言う。
治らないのなら献金が足りないという。
神はお金が欲しいのでしょうか。
人生の中には、お墓を立てる場面もあるでしょう。
お墓はいくらのお金をかければいいんでしょうか。
土地の広さはどれだけあればいいんでしょうか。
どうしたら亡くなった人は喜ぶのでしょうか。
我々一般人が知らないのをいいことに、悪質な行為を繰り返す霊能力者、祈祷師がいます。
ここで“迷信チェック”をしてみましょう。(本書52,52ページ)
- 病気や不運を、キツネ、タヌキ、ヘビなど動物霊のせいにしている。
- 病気や不運を、水子霊のせいにしている。
- 病気や不運を、色情因縁のせいにしている。
- 病気や不運を、家のつくり、方位にのせいにしている。
- 病気や不運を、墓のつくり、方位のせいにしている。
- 形式的先祖供養のよしあしにこだわっている。
- 法事、法要、宮日などにこだわっている。
- お札、各種お守り、正月に神社で売るいろいろな縁起物、仏像、仏壇・神棚の形式などにこだわっている。
- お百度参り、深夜の願掛けなどをしている。
- 霊水といわれる水を飲んだり、経文や呪文の書かれた紙切れを飲んでいる。
- 墓相専門、方位専門、仏壇専門、祭祀専門、供物専門、お経専門、動物霊専門、水子霊専門、生き霊専門、生き念専門、印鑑専門、姓名専門、……と、病気や不運の原因をすべて自分の専門分野の一点にのみ結びつけて説明しようとする霊能者、行者、祈祷師などの言葉を信じ、彼らのいうがままにしている。
いくつあてはまりましたか?
これらは全て迷信です。すぐにやめるべきです。
これらの迷信は、霊能者でさえも信じていることがあります。
霊能者、加持祈祷師、行者にも、個人の能力に差があります。
その能力が低ければ、誤った判断をして、彼らでさえも、ときにはそれが正しいと信じてしまうのです。
霊については、テレビなどでも取り上げられることがあります。
テレビでもまた、誤った事実を報道してしまうことがあります。
あなたは、動物霊を信じていますか?
キツネの神だとかで祭っている場合もありますよね。
しかし、動物には、霊魂といえるほど強い魂がないそうです。
そういうのは、人の霊が化けたにすぎないんだとか。
キツネやタヌキなどの襟巻きは、一般に売買されているし、
毛皮のコートや牛革、豚革のコードだってある。
蛇革やワニ革のバッグやベルトもあるし、
三味線だって、ネコやイヌの皮を使っている。
ヘビの料理がご馳走だという地域もある。
鼈甲(べっこう)だって売られている。
私に関して言えば、豚肉、牛肉、鶏肉を食べたことがあるし、
カブトムシを飼育したこともある。
でも、私は豚や牛の動物霊にはとりつかれていない。
牛の崇り(たたり)だなんて聞いたこともない。
前のほうは、こういった迷信について、
悪質霊能者の話や、隈本さん自身の体験談、その他の人のエピソードを交えて書いてある。
「水子霊」ってのについても書いてあります。
私は、「水子霊」という言葉自体、この本を読むまで知りませんでした。
転生というものについても書いてあります。
輪廻転生。
転生とはどういうことなのか。
迷信についてもいえることですが、
霊界と現実世界がつながるときというのはどういうときなのか、それがポイントです。
次に書かれているのが「先祖供養」。
日本には、先祖にまつわるいろんな儀式があります。
日本だけではないんでしょうけど。
たとえば、長時間にわたってお経を読んだりする。
僧侶はものすごく派手な衣装をつけている。
亡くなった人は、それで満足なんでしょうか。
亡くなった人が求めているのは、そういうことなんでしょうか。
亡くなった人は喜んでいるんでしょうか。
霊界へのコンタクトは、それでいいんでしょうか。
真実の先祖供養とはなんなのか、それについても書かれています。
自分でもできる方法があるんです。
祈祷師等の悪質な手法によって、命を落とした人も多いそうです。
この本には、そういった話も書かれています。
20歳ぐらいの女性が、病気を治療しに、大阪の高名な祈祷師のもとへ行ったところ、その祈祷師の欲望だかなんだかで、人生を踏みにじられてしまった話。
一般人の無知を悪用する、悪質な祈祷師もいるわけです。
ほかにも、様々なエピソードが載せられています。
ほんとうにあった怖い話です。
あとは、霊能者についてと、病気の自己治療法についてです。
じゃ、3巻同様、目次を載せておきます。(中くらいの見出しまで)
- はじめに −− 毒されている精神・心の世界(迷信とは、人の心を惑わす迷妄の信仰)
- 序章 いまこそ見直したい宗教界、霊の世界
- 形骸化しつつある宗教と寄進・奉納の意味
神社、寺院、そして墓の存在を心霊学的に解剖する
宗教の軌道修正は正しい神霊との交流から- 一章 まかりとおる迷信のかずかず
- 実在の神・仏・霊の世界に目をつぶった現代宗教界
「迷信」の発生と霊界の段階
これが「迷信」の実態だ
水子霊(胎児霊)の実態と水子霊ブーム- 二章 「転生」のからくりを明かす
- 「転生」とは死者霊の一時的憑依現象
- 三章 これが「先祖供養」の迷信だ
- 形式的先祖供養は霊界人とは無縁の行為
真実の先祖供養はこうしてなされる- 四章 神霊世界の虚と実にせまる
- 目に見えない霊界に付随する不透明な部分
神霊能力者の段階とその能力
霊査ブームの弊害
各種宗教的行為による一時的「除霊」とは- 五章 自分自身でできる神霊治療(自己治療法)
- 永遠の生命・調神道の世界
あなたも自分で病気が治せる
超神道による確実で安全な自己治療法の実際- 六章 宇宙大霊界と人類とを結ぶ架け橋
- 大霊界に綾なす神秘のドラマ
- ◎著者からのお便り
文庫版は上のリンク。
大きめバージョンはコチラ↓
『大霊界4 迷信と地獄(弘文出版)』(隈本 確)


もしかすると、すでにお忘れになっているのかもしれませんが、昨年7月、こちらの書き込みを私のブログの書き込み
↓
http://white.ap.teacup.com/kibou/70.html
に、トラックバックしていただいた事がある希望という者でございます。
昨年はトラックバックしていただいたものの、私の書き込みの主旨と無関係で、また、あの時期は、個人的な事情があって、こちらでご紹介されているような事にもあまり関心がなかったので、ブログから削除したのですけど、最近になり、知らぬ顔をしているのもどうかと思うようになって、あれから1年近くが経った今日、お邪魔させていただく事に致しました。
私は読んだ事がなく、正直、今でもあまり関心がないのですが、心霊について述べられている書籍ですか。
私は日蓮系の信仰者なのですけど(某団体に籍があり、今現在、付き合いで大なり小なりの関わりを持っていますが、信仰者としては独自路線を歩んでいる身です)、心霊に関する事はほとんど考えてみないものの、ただ、ご紹介の書籍で述べられている宗教のいかがわしい行為については、本当に困ったものだと思いますね。
自分に好都合ないい加減な事、あるいは、明らかなウソを言って、最初から人を騙して金品を巻き上げる事が目的の悪質なインチキ宗教家・宗教詐欺師の類は、昔から世の中にワンサといるようです。
また、人を騙す意図など全然なく、ただ、飽くまで自分がやっている事は絶対に正しい信じ込んで、狂信に陥っている人間もいるようですね。
近年、世間ではマインドコントロールの問題について、専門家の間で色々と論じられるようになりましたけど、人間の心というものは騙され易かったり、感化・洗脳され易かったりするみたいで、一歩間違えると取り返しのつかない事になってしまうのではないかと思います。
心の中で何らかの悩みを抱えている人間は無論、素直で正直な人間も、そういうのに引っ掛かり易い、陥り易い傾向性を有しているのではないか?と。
これは何も宗教絡みの事だけではなく、思想的・政治的な事でも同じで、その昔、左の思想にのめり込んでいた過激派とか、近年、右翼思想に被れている連中とかも、ある意味では似たり寄ったりと言うべきだと私は思っています。
また、スポーツや芸能人のファンの中にも、自分が好きな特定のチームやタレントにのめり込んで、それ以外の事は何も目に入らなくなってしまうほどの熱狂的、更には、狂信的とも言える人間がいるようですね。
そのような人間たちの場合、自分と同じ考えの者が周囲に多かったら、集団心理というものの働きによって、更に自分を見失ってしまうのではないでしょうか。
まぁ、何事に関しても、あまり一つの事ばかりにのめり込み過ぎないよう、出来るだけ冷静で客観的な見方をして行く事を心掛けるべきでしょうね。
そう言うこの私自身も、一つのものにのめり込んで、自分でも知らず知らずのうち、いつのまにか偏狭な考え方に陥っていたという苦い経験がこれまでに何度もありましたので、よく注意しなければなりません。
自分を見失うほど酒に酔った人間が、酔いが覚めて、本来の自分を取り戻すのと同じようなものだと思います。
何だか、こちらの書き込みの主旨から外れた事を述べてしまったのかもしれませんが(^_^;)、まぁ、私の思っている事はそのようなところです。
これからも、頑張って下さい。
それでは、これで失礼させていただきます。
おっしゃるとおり、何事も盲目的になるのは危険です。
常に自分というものをもって、その上で判断するべきですよね。
あのときは、主題とは別の部分で関わりがあったので、トラックバックさせていただいた次第です。
なにとぞご容赦くださいますようお願い申し上げます。
またちょっとだけお邪魔させていただきます。
昨年、私のブログにトラックバックしていただいた時には、私の書き込みの中で少しばかりこちらと関連する事を述べたので、その為だったのだろうと思っていました。
正直、あの時期の私は、一昨日のコメントで述べましたように個人的な事情が一番の理由で、あまり色々な事には関わりたくなかったのです。
実は昨年、けんじさんがトラックバックされた何日か前にも、同じ書き込みに他の方がトラックバックして下さったのですが、同様の理由で削除してしまい、その人の所へも昨日、お邪魔させていただいたのです。
また、あの時、それ以前に、外国のものと思われるおかしなサイトから何度もトラックバックされた事があった為、煩わしい気分になっていたのです。
それより更に前には、私のブログと掲示板がおかしな連中に荒らされた苦い経験もあって、やや神経質になっていたのは確かですね。
私はまだ他の方のブログへトラックバックした事がなく、やり方もよくわからないのですけど、最近、久しぶりで私のブログにトラックバックして下さった方がいらっしゃって(けんじさんのトラックバックも含めて、マトモなものはそれが3回目です)、昨年、私の独断でけんじさんともう一人の方のトラックバックを削除してしまった事を思い出し、遅れ馳せながら、お邪魔させていだいたわけなのです。
今考えてみると、私にとっては書き込みの主旨と異なっていた内容だったとは言え、おかしなものではなかったのに、一方的に削除してしまったのは失礼な事だったと。
私の方こそ、失礼な事を致しました。
まぁ、今後はあまり神経質にならず、おかしなものでない限り、削除は極力しないようと思っています。
私の所は、掲示板の方では特定の宗教・思想・政治的なものを宣揚したり批判したりする事をタブーとしているのですが(以前、特定の政治的な考えに凝り固まった連中に侵略されて、おかしな雰囲気になってしまった事がありましたので)、ブログの方ではどのような話題を取り上げるのかはわかりません。
ただ、一昨年のコメントで述べましたように、偏った極端なものにならないようにと思ってはいるのですけどね(^o^;)。
そういう事で、これからもよろしくお願い致します。
それでは、これで失礼させていただきます。