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復活しました。
あなたは、もしかしたら、知らないうちに、人を殺してしまったことがあるかもしれません。
脅かすつもりはありません。
人間の“念”というものが、それだけ強いものだということを伝えたいのです。
今回紹介するのは、第二巻です。
私が 第四巻の次に読んだ本。
以前書いた2つの記事では、霊が憑依が原因で病気になることがあるということを書きました。
(“憑依”も、病気の原因になりうるということであって、病気の原因がすべて憑依であるというわけではありませんょ。(ちょっとした注意。)なにもしていないのに勝手に濡れ衣を着せられる霊には迷惑な話だw)
“念”によっても、人が病気になったりします。自己や災難に遭ったりもします。
(決して他人を病気にさせてやろうなどと思わないように。そういう悪想念については第5巻に詳しい説明アリ。)
その典型例が、「呪いのわら人形」。
相手を死に至らしめてしまう。
それだけ、人間の念というものは強いものである。
(よい方向に働かせれば、それはものすごい幸福をもたらすことだろう。)
わら人形のみならず、こういった念を通しての悪行は、世界各地で行われている。
それに加えて、そのような悪行でメシを食っている行者、祈祷師などが存在するのも事実である。
(そういう人は、死後、間違いなく地獄行き。)
たとえ夫婦であっても、本人の気づかない間に夫を病気にさせてしまうということがよくあります。
家族を食中毒にさせてしまったという人もいます。戦後間もない頃で、牛肉はなかなか手に入らないごちそうだったようです。一人だけ牛肉を食べさせてもらえなかった彼は、家族に恨みを持ち、その結果、家族が食中毒になったという話。嘘みたいですが、本当にあった話です。
親子など、肉親間においては、愛と恨みは紙一重で、お互いの想念に深く介入できることから、念の作用は根強いものになってしまいます。
表面は相手を気遣っているようでも、心の底では恨んでいる、こういうことは、ごく普通のことかもしれません。
たとえ表面が良くても、恨んでしまえば念は悪い方向へ働きます。
また、恨んだら、相手が病気などになる場合もありますが、相手はなんの念障害も受けないまま、自分が病気になったり、死んでしまう場合もあります。
実際に恨みを持つ人は、時に自分で相手を殺すこともありますが、
念の世界が怖いのは、なんら手を下すことなく相手を病気にさせたり殺したりするからです。
肉親であれ他人であれ、相手を敬う心を持ってほしいと思います。
様々な実例も、この本に書かれています。
恨んで相手が死ねば、それで自分になにも障害が起きなければそれでいいのか。
現実界ではなにも起きないかもしれませんが、そういった悪想念は、死後、必ず、魔界に陥る足かせとなってしまいます。
さらに怖いことに、たとえ自分に悪意がなくても、相手を病気にさせたり、死に至らしめてしまうことがある。
溺愛ゆえに我が子を交通事故にあわせてしまったり、溺愛ゆえに我が子の心が衰弱してしまったり。
怖そうな“念”だが、そんな悪想念も人間の意志で作り上げているもの。
つまり、悪想念は、消すことも簡単なことなのです。
自己の悪想念に気づかないまま、悪想念を持ち続けている人も多い。
悪想念は、低級霊を引き寄せてしまう。
つまり、心の管理が大切なのだ。
念の方向を変えることで、人生はよくも悪くもなる。
悪想念に、高級霊は寄ってこない。
いろいろ書きたいことはほかにもあるが・・・今日はもう寝ます(つ-)眠いw
だから良念については本書をどうぞ。
念というものを、いい方向に向ければ大きな力になるはずです。
(・・・ってことは、W杯なんかも念じれば勝つことができるってことか!?)
目次です。(中見出しまで)
- はじめに − 生きている人間がもつ恐るべき念パワー
- 序章 人間が発する恐るべきパワー
- 現代科学の常識をくつがえす念力現象
人間の心の暗闇をのぞく
念(人間の思いの力)と病気はこんな関係がある- 一章 人間生活にひそむ念の闘争(加念障害)
- 加念障害の実態と心(魂)の存在
念のきりかえがもたらす驚くべき効果- 二章 人間の心の力とその不思議なメカニズム(返り念障害)
- 魂の力の闘争
人の行、霊の行、仏の行、そして神の行- 三章 閉ざされた魂の終着駅(自念障害)
- 自念障害の実態と心の迷い
- 四章 念の実相と心の謎をさぐる
- 念の発生の原理と念の種類
神霊治療(浄霊)と念による痛み、苦しみの原理
念障害の解消と加念から身を守る法- 五章 人間の念がひきよせる幸運と不運
- 神の実在と心の力がよぶ奇跡
悪念を修正し幸運をつかもう- 六章 心の開放と魂の讃歌
- 悪想念からの開放
美しい魂の讃歌
文庫版
『大霊界2 - 念と病気 -(弘文出版)』(隈本 確)

